城の基礎知識

本丸に施された戦略的な工夫の数々と御成御殿

投稿日:2015年12月20日 更新日:

城主が暮らす場所として、攻め落とす側にとっては最も重要な場所である本丸。

城主が暮らした本丸に施された、戦略的な工夫の数々




城主にとっては本丸に攻め入られることは無条件で負けを意味することでもありますから、本丸には戦略上様々な工夫が施されていました。
 

本丸自体を敵の攻撃から守るために重厚な造りにし、重層な天守や櫓を建てて容易に攻め入られないようにするのは基本であったと言えます。
天守や櫓は、そのまま城主の権力誇示にも使われました。
 

また、本丸自体をフェイクにする構造も一般的でした。
本丸には防御機能だけを持たせて城主は別のところに生活しているというもので、裏をかくために二の丸、三の丸を作るなどの敵を騙す構造も多数見受けられました。

 

■御成御殿としての本丸

 

平安の世となった江戸時代、大阪城や名古屋城の本丸は、将軍が「御成」になる際の宿泊所として使われることが多くなりました。そのため、本丸は将軍をもてなすために豪華絢爛な造りとなり、そのような造りの本丸は「御成御殿」と呼ばれていました。
 

御成御殿として現存しているものは非常に少なく、高知城、川越城、松前城などでしか見ることが出来なくなっています。

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