皇居外苑

桜田門

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桜田門(江戸城)

桜田門の名前の由来は、この辺りに桜の樹が多く植えられていたことからきていると言われています。
そして今も桜田門の横にはソメイヨシノの古木があり、毎年春には満開になります。




桜田門の概要

 

旧江戸城外桜田門

桜田門渡櫓門

桜田門渡櫓門(皇居外苑)

桜田門渡櫓門(江戸城)
▲桜田門渡櫓門

 

桜田門高麗門

桜田門高麗門(皇居外苑)

桜田門高麗門(江戸城)

桜田門高麗門 観光
 

桜田門(さくらだもん)は、正式名称「旧江戸城外桜田門」と呼ばれていて、江戸城に現存する門の中では最大の大きさの門です。

国の重要文化財(建造物)に指定されています。
1923年(大正12年)の関東大震災に破損し、現在の鉄鋼土蔵造りに改修されました。

「桜田門」と一口に言いますが、桜田門は外側の「高麗門(こうらいもん)」と内側の「渡櫓門(わたりやぐらもん)」の二重構造になっています。

桜田門と言うと、ほとんどの方が「桜田門外の変」を思い浮かべるでしょう。
桜田門外の変は、1860年(安政7年)に桜田門の近くで水戸藩浪士らによって時の幕府の大老井伊直弼を暗殺するという事件です。
事件が起こった場所は、高麗門の前方です。

桜田門は、皇居外苑にあるので自由に通行です。

 

桜田門へのルート

 

桜田門へのルート

桜田門は、皇居外苑の南側の内堀に面したところにあります。
出たすぐ前には警視庁本部があります。

 

桜田門の見どころ

 

桜田門外の変があった場所
 

桜田門の見どころと言えば、やはり桜田門外の変が起こった場所ということでしょう。

桜田門外の変
↑月岡芳年画にもあるように、井伊直弼が襲撃されたのは、現在の桜田門交差点のあたりと言われています。

彦根藩邸(現憲政会館あたり)を出た井伊直弼一行は三宅坂を下って、一行の先頭が辻番所を左折しようとしたとき、水戸浪士・森五六郎が駕籠訴を装って先頭に飛び出した、とされています。

水戸浪士・森五六郎 桜田門外の変

↑地図にするとこのあたりです。

 

●桜田門
 

桜田門 江戸城

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